新しい年度が始まります

 この日曜日に入園式があります。今年は昨年度に引き続いて多くの新入園児さんをお迎えすることになります。目下入園式に向けて、新しいお友達に出会えることを楽しみに、在園の園児たちに再開できることを楽しみに準備を行っているところです。
 元号がかわります。平成から令和になりますが、代わるのは5月からなので今年の新入園児さんたちが平成としては最後の新入園児になります。
歴史は途切れなくつながっているので、元号が代わっても特別な変化があるわけではありません。でも昭和には昭和の、平成には平成のエートス(空気感)というものは確かにあります。
昭和は激動の昭和史と言われますが、良いも悪いも引きくるめて波乱万丈の時代でした。平成は日本がいやおうなしにグローバル化の波に飲み込まれ、その中で自らのアイデンティティーを求めてさまよった、もしその言葉が悪ければ確立に努めてきた時代でしたが天皇陛下のお人柄と相俟って、どこか優しい響きで語られる時代でもあります。
少子化もこの時代を表す言葉ですね。
大阪市はここしばらく人の流入が続いていて、人口が大きく増えています。でも、0-4歳の乳幼児人口は少なからず減少しています。他市町村は言わずもがなです。
乳幼児人口が実際に増えているのは大阪市でも北区、西区、中央区などの一部の地域。増えているように見えるのは駅の周辺に人口が集中しているからというのが実情です。
少子化を乗り越えるには個々の日本国民の質を上げていくしかありません。
その意味では、今のあり方が幼児教育の質ではなく、量(保育施設)の拡充に向いているのは仕方がない側面があるにしても残念です。
日本や韓国にみられる長時間労働が長時間保育を招き、長時間保育が長時間労働を担保する。そのようなことが子どものことを考えずに大きく広がり、更に広がりを見せています。
長時間保育にさらされた子どもは愛着が混乱系になりやすいということが知られています。違うという意見もありますが、私はその論拠を知りません。
子どもにとっては幼稚園に行くことさえ大きなストレスです。それは乗り越えなければならない壁ではありますが、長時間保育が妥当かどうか。
このまま行くと、日本人の学力は二分化されるのではないかと懸念します。良質な幼児教育保育を受けてきたものとそうでないもの。
ちょっと湿っぽい話になりましたが、人類が捕食されるものから生物界の頂点に引き上げたものはひとえに困難を乗り越える力です。困難は人を成長させます。
解決策は必ずある。そのように思います。それに少子化は一人一人の子どもが大切にされるということでもあります。過保護にならない程度にそのようなことができれば子どもにとって幸せな時代でもあります。
幼稚園は家庭から離れて、家庭ではできない教育を子どもに施すところ。そのことを大切に幼稚園として頑張ってまいります。よろしくお願いします。