藝術の秋

 久しく小説を読んでいません。本はよく読むのです。教育関係はもちろん、言語学、社会学、歴史、人類学など手当たり次第に読んでいます。時代に取り残されたくないとの強迫観念に駆られて、小説がつい後回しになってしまいます。
 自分で言うのも何ですが無類の本好きなので、小学校時代には小学校の図書館の本を全巻読破しました。もっとも田舎の小学校だったのでそれほど冊数はありませんでしたが…。
 さて「読書の秋」「藝術の秋」です。「げいじゅつ」をあえて旧字体で表記しましたが、「藝術」は本来特別なもの。現代の人は街中の至る所に音楽があふれているのを当たり前のように感じていますが、本来音楽は自ら聴きに行くものであって勝手に流れているものではありませんでした。
 そういう特別なものとしての音楽を子どもたちにも味わってもらうために2学期には楽団を招いてコンサートを行いますが、それはそれとして日ごろから子どもたちにも藝術に触れてほしいとおもいます。
 絵本は一流の絵本作家が書いた美しい言葉と美しい絵で子どもたちの感性に触れるものです。だいたいはそうです。できるだけ読み聞かせと字が読める子は自分で読ませてください。
 働いているお母さんが増えています。そのこと自体は悪いことではありませんが、子どもにかまう時間が減って、幼児期に絵本の読み聞かせが不十分な家庭や小学校で自分で(とはいっても親の見守りの中で)学習する習慣のない子どもが増えています。またそれが大阪の子どもの学力不振の原因の一つにもなっています。
 読み書きの力はすべての学力の基本です。そのためには幼児期の絵本の読み聞かせはとても大切です。忙しい時代ですがこれだけは守らなくてはならないことだと思います。幼稚園としても同じです。

 カリンニコフ「交響曲第1番」
 クラシックのファンでもなかなか馴染みのない作曲家だと思いますが、若くして亡くなったのと私の知る限りこの作品以外に見るべきものがないことが原因だと思います。
 カリンニコフはその作品云々よりも絵にかいたような不幸な人生が特徴的です。
 彼は幼少期より才能を開花させ、モスクワ音楽院に入学して将来を嘱望されるも授業料が払えずにやむなく退学、その後独学で作曲法を学びました。29才の時にチャイコフスキーに見いだされ劇場の音楽監督の職を得るもほどなくして結核を発病しやむなく退職、そのご貧困と病に苦しみながら作曲を続けました。そして34才で短い人生を閉じました。
 作品がラフマニノフが出版社と交渉して高値で買い取らせ、出版社はそこに更に上乗せして寡婦となったカリンニコフの妻に支払ったという美談も残っています。
 この作品は31才の時、病の床に苦しんでいた頃に作ったものですが、曲はのびやかで明るい希望に満ちています。音楽の中で自分の実際の境遇とは違うものを表現したのかもしれません。どこかチャイコフスキーの影響を感じます。あるいはロシアの土の匂いでしょうか。もっとも私はロシアに行ったことがないのでロシアの土の匂いはしりません。
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